ビジネスの世界でも同じである。このような安価な情報発信のできるインフラができたことによって、これまで大組織の中では発揮できなかった個性を持った人たちが、大企業に伍して、自らの発想をマーケットに問いかけることができるようになったのである。もちろん、規模が大きいことによるメリットはまだまだなくなってはいないだろう。しかしその規模だけをもって安心してはいられなくなったことは間違いない。むしろ、企業としての本質的な部分での競争力がどこにあるかを見失えば、官僚的でスピードが鈍いぶんだけ、まさに恐竜のように淘汰されていく会社も出てくるかもしれない。構想力と度量の大きさが求められる我々はもっと本質的な部分で、大企業は大企業にしかできないものを持っていると思っている。それは「構想力」である。言いかえれば、けっしてニッチではないダイナミックなビジネスモデルを考えること。たとえば、本来世界一の電機メーカーでありながら事業構成を大胆に変えつづけ、eビジネスではいちはやく業界を越えた部品調達ネットを立ち上げたGEなどは、いかにも大きなスケールの構想力を感じさせる。これからの大企業は、こうした「構想力の大きさ」が問われることになる。
ひとことでインターネットといわれている世界にもいろいろなレベルがあって、どこまでがインターネットかということを考えていくことが必要かもしれません。インターネットとは本来、「ネットワークのネットワーク」ということを意味する言葉ですから、つながっているコンピュータは何もかもがインターネットの一部なのだというのが、もっとも広い定義になります。もう少し絞り込んで、インターネット・プロトコルを使っているネットワークだという定義もありえます。これだと、直接つながっていなくても同じプロトコルを使っていればインターネットになります。そしていちばん狭義では、インターネット・プロトコルで「いつも」つながっているような範囲、すなわち事故や故障は別として、常時、専用線で接続されている範囲、これをインターネットだとする定義があります。どれが正しいということではありませんが、それぞれの意味の違いは考えておく必要があります。たとえばいま日本で流行っているダイアルアップ接続によるインターネットは、いちばん狭い意味のインターネットには入らないということができます。英語ではこれらの定義を区別するのに、おもしろいやり方をしています。常時つながっていてインターネット・プロトコルが使われている、いちばん狭義の意味でのインターネットは大文字で始まる「Internet」。それより広義なインターネットは小文字で始まる「internet」これはかなり一般的に使われていることです。私はこの言葉を翻訳するときに、どうすればよいかたいへんに困りました。
音楽CDからテープに音楽を複製する場合などとは異なり、デジタルデータでは音質/画質の劣化がない完全なコピーが可能なため、著作権者から本来コンテンツが買われて得られた利益が損なわれているという意見が出ていた。そこで92年の著作権法改正で、MDやCD‐R、DVD―Rといった録音/録画メディアに補償金を上乗せすることが決まった。しかし、その後、携帯やパソコンで音楽を聴き、HDDレコーダーでテレビ番組を録画して視聴するというスタイルが広まったため、近年、こうした状況に合わせて文化審議会著作権分科会にて法改正が話し介われていた。結局、補償金制度は、「コンテンツをコピーしない消費者からも料金を前取りしてしまう」などの理由で、反対意見が続出して、議論がこう着状態になった。07年12月の時点では、文化庁が「DRMの整備と著作者への許諾を前提に、20XX年に補償金を廃止しよう」というビジョンが示され、委員会出席者のおおむねの合意を得た状態だ。
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